ちんさつ、ペパボやめるってよ
2011年4月に新卒一期生として入社したGMOペパボ株式会社を、2017年9月で退職します。
先日最終出社日を迎え、今は有休消化中。
(完全に余談ですが、有休を取りやすい職場だったので快適にサクサク使っていたところ、月初の月曜日という中途半端すぎる日が最終出社日となりました)
すべてが人生で初めてのイベントで、いまだに実感がないというのが正直なところ。
まさか自分が退職エントリなるものを書く日が来ようとはつい最近まで想像もしていなかったのですが、これまで社内外でお世話になった方々へのご報告という気持ちで書き残しておこうと思います。
これまでやってきたこと
入社してからの6年半、「カラーミーショップ」のカスタマーサービスへの配属から始まり、入社半年後にたったひとりで開発拠点の立ち上げ担当として京都に転勤、その1年後には「ロリポップ!」のディレクターとして福岡に転勤、さらに2年半後には東京に転勤(そのときのブログエントリはこちら)して経営企画グループのディレクターとなり、昨年からは広報を兼職して割と何でも屋として奔走していました。
ほんとうにこれはひとつの会社にいた人間の経歴か?と疑いたくなるほど、ペパボではたくさんのことを経験させていただきました。
その他にもエンジニアカンファレンスで運営ボランティアをしたり、政令市主催のイベントでパネリストとして登壇したり、本当にあらゆるところに首を突っ込み続けた数年間だったなと思います。
なぜ辞めるのか
理由はいくつかあるのですが、以下の3つによるところが大きいです。
- 専門性を高めたい
- 自分が今いちばん興味のある、新しい世界に挑戦したい
- 自分の責任で自分の人生を決めたい
思い返してみたら、30歳になったときのブログにこんなことを書いていた。
好奇心旺盛といえば聞こえがいいけれど、この歳になってまだあちこちうろうろさまよっているのが果たしてよいことなのか、これを続けた先、10年後に振り返ったわたしの背後に積み上がっているものは果たして何なのか、それは望んだ形なのか、輪郭が不鮮明な不安はいつも心の隅に引っかかっている。そして「最終的になにがしたいの?どうなりたいの?」と囁く声とともに、その輪郭は少しずつ、少しずつはっきりと形を帯びてきている気配もなんとなく、する。
この気持ちの輪郭がぱきっとした形になったのが今、ということなんだと思います。
10年後に振り返ったとき、ただ反復横跳びを繰り返していただけではなく、しっかり山を登ったぞ!という確信を得るために、新しい環境でゼロからスタートする覚悟でひとつの専門性を高めたいと思いました。
身勝手で自分本位な選択であることはもとより承知の上ですが、それを踏まえた上で受け入れ、各所ご調整くださった部署のメンバーをはじめとするペパボのみなさま、そしてなによりケンタロさんには感謝しても足りません。ありがとうございます。
思うこと
退職の意思を固めてから最終出社を迎えるまで、不思議なくらい自分の気持ちは淡々としていて凪のようだったのですが、先日941さんのブログで読んだこの一節にはぐっときてしまった。
だって本当にその通りで、それはわたしにとって、とてもとても寂しい別れだから。
会社やめても同僚とは会えるけど、会社やめたらそのユーザーに向けた機能とかキャンペーンとか「このサービスはこうだよ」っていうメッセージを発信することが出来なくなるじゃないですか。それは一生の別れなんですよ。
sasakillが退職するっていうから面白全部でインタビューしてみたら送別会を開催させられたでござる – 941::blog
ペパボのひととして発信してきたいろいろなこと、会社を通して、サービスを通して出会ってきたたくさんのひとたち。
(思えばちんさつというあだ名の名付け親は、今ではお友達だけれどもともとはユーザーさんでした)
退職の旨を伝えたとき、社内はもちろん、社外のみなさまからもいちばん多くもらった反応が「ペパボと言えばちんさつだと思っていたから、辞めるなんて想像もしてなかった」というコメントでした。
これだけ多くのひとたちが見守って、応援して、心に留めてくださっていたということ。
いただいたご恩を全て返しきったとは決して言えない心苦しさや申し訳なさが募る中でも、みなさまが温かい言葉で背中を押してくださったこと。
少なくともそれは、この6年半の間にわたしが“ペパボのちんさつ”として築き上げてきたもの、成し遂げてきたことであると思っていいのかな、と。
しんどかったり、歯痒かったり悔しかったりしたことはもちろんたくさんたくさんあったけれど、入社してから今日まで、働く上で人間関係で悩んだことは一度もありませんでした。
憧れの会社の一員になれただけでなく、最初から今まで優しいひとたちに囲まれた社会人生活を送れたことは、本当にありがたいことだと思います。
ペパボの人ではなくなってしまうけれど、これまでもこれからも、ずっとファンです。大好き。
さいごに
10月からは引き続き東京で、新しい環境でスタートラインに立ちます。(職種は広報です)
遥かな憧れに手を伸ばして、リアルを近づけて、そうやってこれからも前に進んでいくのがわたし。
いくつになってもその気持ちは大事にしていこうと思います。
引き続きご指導ご鞭撻のほど、何卒よろしくお願いいたします。
おまけ
気づいたらめちゃくちゃ長いエントリになってしまったし、スッと終わろうかと思っていたのですが、最終日に開いていただいた送別会があまりにも最高だったのでここで紹介させていただきます。
スナックのママよろしく団体席を渡り歩いてはお酌をするなどしていたところ、
わたしに「ひとつの映画を繰り返し観るために数十回映画館へ通う」という空前絶後の体験をさせた「KING OF PRISM」の推しキャラたちがわたしを祝うために集合。
夢小説もびっくりの展開だよ。なんだこれ。
なんだ、この飲み会w pic.twitter.com/poWpxD9ooG
— くまき (@kumak1) 2017年9月4日
送別会の最後は、例年社員旅行で披露することが慣例になっていたラスト「天城越え」歌唱。(なぜ慣例になったのかは6年たった今でも謎)
急に眩しくなったと思ったら、目の前にUOの海が広がっていた。
「天城越え」を熱唱しながらUOを焚かれるという、本場のアイドルでも経験しそうにない実績を解除してしまいました。
最後の最後まで最高の連続。
めちゃくちゃありがとうございました!!!!
おまけのおまけ→polca使ってみました。(ふつうは自分で用意するもんじゃないと思いますがちんさつちゃんは強欲なので)
欲にまみれたむきだしのウィッシュリストはこちら。